フーテン少年日記 / Okoshi Naoto

ドードー・フロム・ザ・ユートピアという名前で音楽をつくっています。

祖父の死と親父について

 

6月も下旬。梅雨真っ只中で、特にこの2、3日は、とてもムシムシ、ジメジメ、モヤモヤした気候と相成り、それはまるで、俺の心の様相そのものな気がした。

 

6月24日、父方の祖父が亡くなった。それを聞いて俺は、哀悼の意をたたえるよりも前に、身震いと冷や汗が流れるのを感じた。とても怖かった。父方の家系とは疎遠で、もう、10年近くはまともに会っていない。くわえて、俺は親父とも疎遠であった。理由は知らないが、物心ついたときから、両親の仲が悪く、同じ家に住んでいながら、もう10年は顔すら見ていない。小さい頃から、俺は親父を憎んでいた。寡黙で、家族のことを省みない父親。親父の思い出なんて、母親のことを泣かせていたことしか思い出せない。だから、俺は親父を恨んでいたし、恐れていた。そんな親父と、親父の家族と面を合わせるという事象が、心底恐怖心を駆り立てた。心配してくれた子に、詰まらない意地を張って、「なんの感慨もないし、なんとも思わない」なんて、酷いことを言ってしまった。そう思わないと、心を強く保てなかった、と言っても、言い訳にしかならないな、今更。情けない。

 

25日はお通夜だった。俺は会社を休み、朝から松山へ帰省したが、弟の帰る予定がなかなか合わず、通夜には間に合わなかった。それでも、顔だけは見せようということで、レンタカーを借りて大洲へと向かった。葬祭場で久しぶりに顔を合わせた親父は、記憶のそれとは全く別人だった。ほとんど白に近い灰色がかった頭髪、窪んだ目元、濁った瞳、体躯は横に1.5倍くらいは大きくなっており、威圧的だった喋り方は見る影もなく、少し吃ったような印象を受けた。

 

おばさん(祖父の奥さん。再婚しており、祖母ではない。俺は血の繋がった祖母とは会ったことはない。)に挨拶をし、横たわった祖父の顔を拝む。痩せ細った顔は、少し安らかに見えた。そう思いたかっただけかもしれない。癌が身体中に転移をしており、大変な闘病生活を長い間送っていたというのもこの時初めて知った。奥さんが「ずっと会いたがってたんだよ」「あゆみさん(母の名前)に、何か悪いことをしちゃったのかな、って後悔もしていたの」と呟き、母は泣き崩れた。それを見て、俺も泣いた。今更、どの面を下げて会いに来て、さも感慨深けに俺たちは泣いたりしてるんだ、という気持ちを払拭できないまま、涙は止まらなかった。

 

親父と少し談笑をした。寡黙で怖かった親父の面影は全くなかったから、まるで、初めて会うひとのように、仕事のように、驚くほどフランクに会話が弾んだ。その中で、親父は言った。「お前らには申し訳ないことをした。全部、俺のせいだから」と。

 

帰りの車では、努めて明るく振る舞った。弟や、母の重苦しい雰囲気をなんとかするために? いいや、違う。親父の言葉。それが、俺には重すぎた。20年間、憎んできた、何かのせいにしないと、納得できなかった過去やそれを背負ってきた気持ち。それがたった、そんな、簡単な言葉で、淀んで、消えていきそうだったから。父さん、やっぱり、俺はあなたの息子だよ。自分の悪いところだけしか、言わないんだよな。この日は一度松山の実家に帰ったが、全く眠れなかった。いろんな昔のことを思い出して、泣いて、嗚咽して、夜に食べたものは全部吐いてしまった。それでも足りなくて、何度も胃液をシンクへと流し込んだ。頭に浮かんでいた言葉は「誰か助けて」それだけだった。

 

25日は葬儀だった。俺は人生で初めて葬儀に参列したのだが、身体の震えはそんな緊張の影響は0.1%にも満たなかったと思う。故人に対して、大変失礼極まりないが、葬儀のことは、よく覚えてない。前の晩に、考えていたことが、ずっとずっと、リフレインしていた。

 

父さんは、憎まれるほど悪くないこと。

俺は、ずっと、わかっていたんだ。

 

小さい頃は、そばにいてくれる母親の影響を、よくもわるくも受けやすい。俺は、その総てを鵜呑みにしていたのだと思う。

 

父さん、あなたの孤独を思うと、俺は心が痛かったよ。がんばって仕事から帰ってきても、誰からも迎えられず、避けられ、自分の部屋から出てこれず、そんなの、何のために生きてるのかわからなくなるよ、俺なら。仕事忙しいなかさ、神経使って看病してたことも、誰にも言わずに、ずっとがんばってたんだろ? 父さん。だからこそ、俺はあなたに会うのが怖かった。俺があなたを恨んでいるように、あなたも、俺たちのことを恨んでいると思っていたから。でも、そんなことなかったんだね。わかっていた。向き合うのが怖くて、逃げていた俺のせいだから。母さんの味方ばかりして、あなたの心に寄り添えなくて、本当にごめん。母さんに逆らうのが、怖かったんだよ。なにも手伝えなくて、話を聞かなくて、いままで、逃げてきて、ここまでこないと、それがわかんなかったんだよ。わかろうとする勇気がわかなかったんだよ。本当にごめん。なのに、俺は卑怯者だから、あなたを悪者にして、自分の心を正当化していたかったんだ。安心していたかったんだ。自分の心がそれを認めてしまうのが、とても怖かったんだ。

 

でもね、父さん。俺の言い分も少し聞いてほしい。俺は、あなたに、もっと俺のことを見てほしかったんだよ。父さんも母さんも夜遅くまで働いてたからさ、迷惑かけないように、真面目に、大人しく過ごしてたんだよ。相談したら困らせちゃうから、なんでも1人で解決できるように努力したんだよ。勉強だって、けっこう良い成績を取ってたんだよ、良い学校にも行ったんだ。年の離れた弟の面倒を見るために、友達と遊ぶのもけっこう我慢してたんだよ。自分では、けっこう、一生懸命がんばってたと思うから、褒めてほしかったんだよ。認めてもらいたかったんだよ。例えば、遊園地に行ったり、一緒にキャッチボールをしたり、旅行に行ったりしたかったんだよ。母さんに叱られて、椅子を投げられたり、寒空の下家を追い出されたりした時に、助けてほしかったんだよ。母さんに、俺が聞く音楽を気色悪がられるときに、「良いセンスしてるね」って、気にしてほしかったんだよ。父さん、俺はあなたに愛してほしかったよ。愛されてるって、実感がほしかったんだ。父さん、それを与えてくれなかったあなたに対して、どうして? お父さんはぼくを嫌いなのかな? お父さんにとって、ぼくは必要のない子なのかな? って、ずっと思ってたんだよ。母さんにもそんなことは言えず、ずっと抱えちゃってたんだ。26歳になったいまでも。

 

ねぇ、父さん。俺はこれから何を憎んで、何を許して、何を謝って、何を償ったら良いのかな。

 

俺は卑怯な人間になってしまったよ。言い訳ばかりする人間になってしまったよ。誰かに愛してほしいのに、裏切られるのが怖くて、なにもできない人間になってしまったよ。それが情けなくて、自分の心が見透されるのが怖くて、今度は他人に過剰な愛情を注ごうとするようになってしまったよ、自分の気持ちを押し付けるようになってしまったよ。その所為で誰かが離れていってしまっても、「見返りは求めてないから」「そのひとが幸せなら、それで良いから」なんて誤魔化して、傷つかないように予防線を張る優しくない人間になってしまったよ。父さん。俺、まだ間に合うのかな。あなたのことも愛したりできるのかな。俺はこれから、報われたり、誰かに愛されたり、幸せな気持ちを感じることができるのかな。

 

そんなことを考えていたら、葬儀はいつの間にか終わっていた。母は隣で、俺の両目から止め処なく流れる涙を見ていたが、その理由を一生理解することはないと思うし、教えるつもりもない。

 

挨拶を済まし、松山の実家に帰ってきた。明日、広島へと戻る予定だ。俺はまた眠ることができずに、吐瀉物と涙を撒き散らしながら、この馬鹿みたいな恥ずかしい文章を言い訳がましく書いている。こんな懺悔、人生で片手で数えるくらいしかしないつもりだから、今回は少し多めに見てくれると嬉しいよ。

 

祖父の死と親父についての話だったはずなのに、結局、自分のことばかりを書いてしまった。お祖父さんが亡くなったことに関しては、正直、まだ実感はない。そんな簡単に、過去のことにしてしまって、安らかに眠ってください、なんて言える精神の方を疑ってしまう。という気持ちもあるし。

 

撃った弾丸と言葉は決して取り消せない。という慣用句があるように、込めなかった弾丸と言葉は、二度と同じ場面で放つことはできない。その覚悟が、俺にはまだ足りなかった。結局、親父には、俺の気持ちをなにひとつ伝えることはできず、道化のようにウヒョウヒョして、またこんな気持ちだ。愛されたい、報われたい、幸せになりたいと赤子のように無償の愛を求める前に、それだけの人間にならなくちゃあいけない。それが本当に難しいことだけれど。「大人になるなよ 無駄に許すなよ 二度と日和るなよ きみは独り 絶対独り で 無敵さ」って、俺の好きなミュージシャンも歌ってたし、その美学で、2018年下半期は突っ走っていく所存。親父、次会った時は飲みに行こうよ。俺、すげー泣くかもしんないけど、思ってたこと、できるだけ話すから。あなたの気持ちも教えて。本当のことを聞かせて。

 

結局、何が言いたいのか、よくわからない文章になってしまったけれど、俺の1番弱くて、情けなくて、隠したいことを、みんなに知ってほしくなったんだと思う。でもさ、こんなとこで、こんなこと言ったって、しょうがないよね、何も変わるわけじゃないからさ。わかってるんだけどね。読んでくれたひと、ありがとう。巻き込んじゃって、ごめんね。いやな気持ちにさせちゃってるとも思うから、それはもっとごめんね。万が一、友人たち以外で、これを最後まで読んでくれたひとがいるのならば、きみとはすごくマイノリティな世界の友達になれると思うから、仲良くしようよ、よろしく。でも、いいねとかリツイートとか、シェアするのはやめてね。見てくれてるっていうのがわかっちゃったら、恥ずかしくて照れちゃうから。

 

望もうと望むまいと、明日はやってきてしまう。どうせなら、楽しいと思える明日にするほうがずっと良い。みんなの明日が、できるだけ健やかで、美しいものでありますように。その微笑みを横に伸ばしてくれるものでありますように。この末尾は、文章だから書ける綺麗事だよ。俺はまだまだそのステージにはいない。でも、綺麗事だろうと、信じてしまったら、それだけが総てだもんね。俺も、少し時間がかかるかもしれないけれど、そうするから。少し先の未来で待ってて。